捻くれと自由

最近の私は捻くれすぎている。

 

もう26になるのだけど、そろそろ自分の器を認めざるを得なくなってきた。できることとできないこと、キャパシティ、何に幸せを感じるか、誰に好かれやすいか、そんな自分の形とも言えるようなもの。

自分の形を認めることは難しいことだ。ここ一年は「まだできる」と「もう無理」の間で揺れながら少しずつ自分の現状を飲み込んでいた。「あなたは凡人だよ」と言われることもあり、まだわかんねーだろと強がりながら、頭の片隅でそうかもしれないと怯えていた。

 

それがこの1ヶ月で「もう無理」に傾いてしまったように思う。多分人生に見通しがつかなくなったのだろう。プログラミングは続かないし、就活も上手くいかない。体調は良くなっては悪くなり、貴重な若い時間の多くを布団か病院で過ごしている。人生どうにもならないんじゃないかという気持ちが強くなっていく。

 

厳しい現実を受け入れるためだろうか。私はどんどん愚痴っぽくなった。「どうせ私は無能だ」「私の人生は終わりだ」部屋の中で一人怒るようになった。人前で「私は京大院卒大手メーカー様と違って無能だから」みたいな中学生のような愚痴を吐いてしまいそうで不安になる。不安を乗り越えて誰かと会っても無愛想な顔と低いテンションでしか接することができず、別れた後に落ち込むこともある。

 

俯瞰して見れば捻くれることは悪いことではないのかもしれない。J.ボウルビーやE.キューブラー.ロスの研究、その他喪失や障害受容の研究を眺めると、共通して喪失や困難を受容する前に「怒り」を抱き「取り戻そうと努力」して「絶望」する段階があることがわかる。捻くれは色々と足掻いた結果どうにもならなかった現実に対しての正常な反応とも捉えることができる。何よりこれまでは強がることで厳しい現実を受け入れようともしなかった。そう考えればどんな形であれ、現実と向き合えているのはむしろ成長だろう。しかし今の捻くれ具合は眼に余るものがあり、せめて周りへの被害を少なくしたい。

 

自分に能力が無いことは、そのまま誰かから攻撃される理由になるように感じていた。自分に限界があること、欠点があること、能力が無いことを認めることが困難だった。育った環境も関係しているだろう。認めようと思うと正直捻くれ周りを攻撃せずにはいられない。自分が優秀ではないことを認めれば、どうやって私は私を受け入れればいい?欠点があることは、他者から永遠に攻撃され馬鹿にされるものだと感じるのだ。

 

これからどう自分が変化していくかはわからない。人生どうなってもいいという気持ちになることもある。ただ、不登校になったときも、鬱で動けないときも、休職し始めたころも常に「人生どう逆転するか」を考えていた。能力を高めること、自分ではない誰かが引いたレールから降りることができなかったのだ。それが今になってやっと休むことができるようになった。具体的にはアイス食いながらAmazonプライムを見たりゲームすることができるようになってきた。幸せであるために高学歴である必要も、輝かしい経歴もTwitterのいいねもmustではない。そんなものが無くてもアイス食いながらゲームしたり夕日を見たりしたら結構幸せなのだと少しだけ腑に落ちた。側に誰かが居てくれればもう言うことは無い。「人生どうなってもいいわ」という気持ちが出てきて初めてレールから降りることができたのかもしれない。

 

川崎の事件と練馬区の事件、それらに関する一部の世論は非常に苦しかった。現在の自分をそのまま否定されているようで、反論もできず項垂れるしかできなかった。ただ今になって自分を苦しめる価値観を迎合してやる必要なんてないと思えるようになった。社会的な正しさなんてどうでもいいわ。自分が正しいと信じる価値観を信じるわ。自分の基準で人のどうにもならない側面を叩き、剰えそれで自分を保つ人の言葉なんて聞かなくていいよな。少しだけそう思えるようになった。真面目や正しさを捨て自分の生きやすい道を選べるようになったとしたら、捻くれることにも意味はあったのかなと思う。

 

人生もうどうにもならないとしたら、せめて今ある貯金で2週間くらい海外フラフラしたい。フランスあたり。

 

卒論を通して学んだ3つのこと

 

僕の人生で頑張ったこと、そして分かりやすい結果が出ているという意味で人に語りやすいのが、卒論だ。

 

卒論をそんな頑張った人ってそんないないかもしれない。学生時代無駄にしてない?と思われるかもしれない。でも、本当にこれだけは頑張ってよかったと思うし、頑張った分得るものは多かった。(多分何でもそうなんだろう。何でも極めれば得るものはある)

僕が卒論から学んだことを、3つ書いてみる。

 

 

 

 

1 1人には、限界がある。

 

卒論書き終わった後、真っ先に「僕の限界はここなんだ」と思った。

365日24時間自分のテーマについて考えてた。部屋は大量の社会学の本で埋め尽くされていたし、締め切り一週間前はカップ麺とお菓子を買い込んで部屋にこもっていた。たまに外に出たと思えばブツブツと社会学の理論を呟きながら散歩をし、Twitterは常に社会学のことでいっぱいだった。教室の黒板2枚に僕1人の文字でいっぱいになるまで理論を書いたし、ゼミで集まった時には同期に脈絡なく社会学の質問ぶつけたりして語り出したりしてた(ほんまにごめんなさい)

はっきり言って、気が狂っていた。それくらいやった。書き終わったとき、「僕の限界はここなんだ!こんな何も知らない小さな存在が僕なんだ!」って絶望した。

しかし現実には、僕よりもはるかにできる人、優れた人が多数存在する。そんな人たちに追いつくために、そしてもっとより良い論文を書くために、あれ以上、どう頑張ればよかったのか。

 

僕の答えの一つは、「誰かと協力すること」だ。

僕1人の限界はここだった。でも、例えば誰かと教えあったり、誰かに相談したり、勉強サークルに入ったりしてたら、もっと違う結果が出てたんじゃないか?と思う。

僕は自分の本心を誰にも言えなくて、誰とも相談せずに研究してしまった。思えばいつでもそうだった。1人で悩んで、抱えて、めちゃくちゃな努力をして解決しようとしていた。そして病んだり体壊して来た。もし誰かと関係を築いて、協力して行うことができていたら、僕はもっと楽に、体や心に負担をかけず上に行けたのではないか。

他にも勉強法とか効率とか体調管理とか色々要因はあるけど、一番はこれだと思う。1人でできないこと、越えられない壁は、誰かと一緒に乗り越えたらいいのだ。社会の存在意義ってそれだと思うし。

なお、「苦手だけど頑張って人と繋がろう!」と考えて安易に行動した僕は、完璧に距離感わかってないこじらせた奴になって新しい環境で爆死しました。誰か僕に人との繋がり方と一般常識を教えてください。後、自分のメンタルだったり性格だったり振る舞いだったりは解決しような。

 

 

2 研究は終わりのない壮大なプロセス

 

僕の限界はここだと思うと同時に、「社会学の0.00000000001%すら知らない」と感じた。社会学という学問領域ですらそうなのだから、僕は世界のことを何も知らないのだと思う。やってもやっても出てくるのは疑問点ばかりで、何も知らないことを思い知らされた。一生かけても、僕が知ることができるものは限られていると悟った。研究には、多分終わりがないのだ。というか終わりがどうやっても見えないのだ。

 

研究とはわかりやすく言うと、リレーのようなものだと思う。僕が読んで来たあらゆる本は、先人達が膨大な時間と命をかけて解き明かした知識の集合体だ。僕達は先人達が解き明かした知識を元に、先人達が説き明かせなかった物事を研究する。そしてそれを次の世代に託し、彼らが僕らができなかったことを解明していく。バトンを渡すように、知識は過去から未来へと受け継がれていく。そうやって、何世代もかけて世界の仕組みを解明していく。そうやって1人ではできないこと、知ることができないことを知っていく。

その壮大なプロセスが研究であり、それには多分終わりはないのだ。わからないことがあまりにも多すぎるのだから。

 

僕はこの経験を通して、それまで全く興味のなかった歴史を勉強しようと思った。社会、政治、人間、あらゆることは皆過去の積み重ねの上に今がある。一から自分で学ぶよりも、過去から学んだ方が効率がいいと気づいた。

そして、僕が全てをやる必要はなくて(できないし)、僕の後に誰かが続いてくれて、僕ができなかったことをしてくれたらそれでいいんだなって、素直に思えた。

 

 

 

3 いつかは真実にたどり着ける。

 

「そうだな・・・ わたしは『結果』だけを求めてはいない。『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ・・・近道した時『真実』を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。
大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている。向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしても、いつかはたどり着くだろう?真実へ向かっているわけだからな・・・違うかい?」

ジョジョの奇妙な冒険第5部より

 

ジョジョの中で一番好きな言葉なんだけど、これはマジだと思ってる。

 

僕は社会学の中でも教育や学校の研究をしていた。詳細は割愛するが、そこに自分がどうしても知りたいこと、知らないと生きていけない何かがあると感じたからだ。何が知りたいかはわからなかったが、そう直感したからこそ文転してまで社会学部に入学したし、気が狂うまで必死で研究したのだと思う。

思い返せば全然平坦じゃなかった。研究する分野や専門を何度も変えて、大量の本を読んで、勉強方法も何もわからずがむしゃらに論文を書いて、挑戦しては失敗して、何でこんなことに学生生活捧げてるんだろう、もうこのテーマを研究するのはやめようって泣いて、苦しくて泣いて、先輩や教授と喧嘩して、途中で何度も何度も人に迷惑をかけた。無様だし、カッコ悪かった。後悔と反省点なら死ぬほどある。それでも「何かがある」という直感の元、突き進んだ。しかし、僕は自分の納得のいく答えを見つけることができなかった。それは卒業論文を書き終えた時ですら、そうだった。

だが、僕の研究はそこで終わりではなかった。社会人になり時が経つにつれ考えが整理されて、卒論のその先に考えを進めることができた。また新たに得た知識や経験を元にああも考えることができる、こうも考えることができると、自分の議論をさらに前に進めることができた。

卒論を書き終えてから1年ほど立った時、僕は自分の知りたいものにたどり着くことができた。その答えにたどり着いた時「ああ、これが自分の知りたいことだったのだな」と理解することができた。「知りたい何かがある」と思い始めて、6年もの歳月が過ぎていた。

 

 

辿りつこうという意志さえあれば、いつかは真実、自分の納得できる何かにたどり着ける。

だから僕は、心のどこかで生きることを諦めていないし、諦めたくないのだろう。

 

 

 

まとめてみて

卒業論文から大事なこと、たくさん学んでいるなと気づいた。

 

辛いこと、悲しいこと、苦しいこと、後悔、いろんなことがあるけど、僕は歩んでいきたい。

たどり着きたい何か、諦めたくない何かがあると感じるから。